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高田彩さんに聞く!GAMA ROCK FES の魅力

- 2019.09.17
高田彩さんに聞く!GAMA ROCK FES の魅力

震災後、2012年から始まった塩竈のロックフェス、「GAMA ROCK FES」。

立ち上げ当時から携わる、塩竈市出身でビルド・フルーガス代表の高田 彩さんに、塩竈のまちとガマロックの関係についてお話を伺いました。

■海外の港町、バンクーバーでアートを学ぶ。

ー高田さんは、カナダのバンクーバーにある美大でアートを学ばれたんですよね。

高田さん:もともと異文化に関心があって、海外で様々な価値観や生き方に出会いたいと高校で語学留学しました。その後、カナダの美大へ進学しました。誰しも、思春期にはカルチャー誌や写真などの感性を刺激するものから影響を受けますよね。中高生時代に、クリエイティブなものを生み出す人々の考え方や表現方法、文化や社会背景に関心を持ち始め、現代美術やユースカルチャーについても学べるカナダのエミリー・カー美術大学で学びました。

ーアートそのものというよりも、アーティスト自身に関心があったんですね。

高田さん:アーティストたちの、様々な発想や何かを生みだす力に魅了され、また彼らの存在に希望を感じていました。また、自分たちが生きる社会について、問いをなげかけたり、新たな視点で見つめなおしたり。表現活動は、大変な作業の積み重ねですよね。私は、アーティストは社会で重要な役割を果たしていると考えているので、彼らを突き動かすものや彼らの表現活動そのものに、非常に関心がありました。

もう15年程前の話ですが、カナダは文化支援が行き届いており、アーティストの育成や支援制度が充実していました。文化的・社会的な内容を含む作品を制作している作家たちを、カナダの文化づくりを担う貴重な存在であると社会が認めているのが印象的でした。当時学生だった私も、30万円程度だったかとは思いますが、アーティストフィーを頂けたことは衝撃的でした。

ー30万円……!!!

高田さん:アーティストの文化的・社会的役割に価値を見出す社会のあり方には感動しましたね。

ーカナダでは、若い学生も、文化的・社会的な作品を積極的に発表していたんですね。

高田さん:そうです。私が滞在していた頃にバンクーバーでの五輪開催が決定し、たくさんの議論が地域住民の間で交わされていました。五輪開催が決定し、まちが浮かれている中で、身近なスケーターの友人たちが「自分たちは路地裏を駆け巡っている。まちの隅々までリアルな現状を見ているんだ」と主張し、五輪に向けて急激に変化するまちの様子について写真や言葉など様々な手段で伝えていたことも印象的でした。日常的に若者が地域社会に参加していることが、非常に刺激的でした。
同世代の若者が目の前の地域社会にしっかりと参加し、感じたこと・考えたことを発信していく場が機能していることが素晴らしくて。この仕組みを、自分のまちにも持ち込みたいと思い、2006年に地元塩竈を拠点に「ビルド・フルーガス」を立ち上げました。

■「ビルド・フルーガス」とギャラリー「ビルドスペース」の立ち上げ

ギャラリー「ビルドスペース」の様子。 多様なアート作品の展示に加え、感性を刺激する国内外のZINEやポストカードなどが並んでいる
ギャラリー「ビルドスペース」の様子。 多様なアート作品の展示に加え、感性を刺激する国内外のZINEやポストカードなどが並んでいる

ーなぜ、地元塩竈を拠点に選ばれたんですか?

高田さん:実家の一角を使用することができたのが理由のひとつですね。誰にも知られずとも(笑)、実験的に、いろんなことをやってみようという気持ちで始めました。実践を積み上げる場所として、まずは、空間をもつことで様々なことに挑戦していこうと。アートや文化に関心を持つ人の高い感度を信じて、この場所で。

カナダで学んだアーティストの活動やコミュニティーとの関係性、個人の在りようをここで生かしていきたいという思いもありました。小さなまちだからできないという発想ではなく、「思い描くコトや場は自分たちの手でつくれる!」ということを、アートを通じて若い世代に伝えたかったんです。

ーはじめはどんな活動をされていたんですか?

高田さん:まずは、カナダで自分が刺激を受けたアーティストを招いて、ここで展示をしてもらいました。カナダ人アーティストが国際芸術交流を行うということで、カナダカウンシルの助成を受けることができました。

ー立ち上がったばかりのギャラリーにも、きちんと目を向けてくれるんですね。

高田さん:そうなんです。また、IターンやUターンの若手作家もすぐに集まってくれて。小さいまちだからこそ、アーティストやデザイナーなどクリエイティブに関わる人たちと地域をつなげる必要があると、その時強く感じ、コーディネーターとしての役割を担い始めました。場を作ってすぐにニーズを感じられたのはよかったですね。

高田さんがカナダで出会ったアーティストによるニューイヤーカード。 それぞれの作品に英語・日本語でキャプションが添えられている
高田さんがカナダで出会ったアーティストによるニューイヤーカード。 それぞれの作品に英語・日本語でキャプションが添えられている

■塩竈は、文化的な土壌のあるまち

ー地域の方々の反応はどうでしたか?

高田さん:オープンして間もなく、市役所の方々が反応してくれたんですよ。こうした文化活動に取り組む若者は貴重だと言ってもらえて。それから、地域のイベントなどに声をかけてもらえる機会が増えました。一方向な発信の場ではなく、地域との対話が増えて、地域社会の課題をアートの切り口で捉え直し、アーティストが表現・発信するギャラリーとなっていきました。

ー行政や地域との関係づくりができたんですね。

高田さん:塩竈は、漫画雑誌『ガロ』の初代編集長・長井勝一や、仙台四大画家のひとりである小池曲江など、文化史に残る人物を多く輩出してきたまち。文化史の蓄積を誇りに思う市民が多く、文化の土壌がしっかりあると感じています。アートが受け入れられたのも、そうした地域の文化的土壌があったからだなぁと思います。
他方で、フォトフェスなどのアートイベントでは、地域を舞台にアート作品を展示する試みの難しさをまだまだ痛感しています。今も試行錯誤しつつ、より多くの方にイベントを知っていただけるよう努力しています。

■東日本大震災後、音楽が人々の心を動かした夜

ーガマロックが始まったのは、震災の翌年2012年からですよね。

高田さん:そうです。震災後の2011年4月17日に、ガマロック主催者でもある写真家の平間至さんと、DragonAshのATSUSHIさん、キャンドルジュンさんらがホームセンターの駐車場で野外ライブを行ったことがきっかけです。そのライブがガマロックの0回目とも言われています。

私もその場にいたのですが、音楽を聴いたら自然と涙がツーっと溢れて。みんなそうだったんじゃないかな。震災直後から、とにかく生きる為に、みな気を張って頑張っていたから。「苦しい」「辛い」といった感情を押し殺しながら過ごしてもいたし。好きな音楽を聴いて感情を潤すこともできていなかったから、いろんな感情が込み上げて、感情的になれて、心が解放されたというか。音楽が、凝り固まっていた思考や感情をほぐしてくれたんだと思います。

生きていく上で、辛いこと、困難なことは必ずある。そんなときこそ、何かを生み出す発想力や創造力、自分たちを前進させるエネルギーが大切。震災を通して気づかされた大切なことを忘れないために、音楽やアート、食の恵を通して、共有する場がガマロックなのかもしれません。


■GAMA ROCK が生み出した、塩竈の新しい居場所

ー実際に始まったガマロック。どんなイベントになりましたか?

高田さん:ガマロックは、イベンターとしてG.I.Pさんが入っているものの、地域の人によるてづくりのイベントとも言えます。 音楽、食、アートを三本柱にしています。幅広い世代に届く音楽と豊かな食文化、そして創造的な場へ導くアート。地域自慢の食を提供し、またその魅力を多くの人々に発信できるという点は、地域の人々のガマロックへの思い入れが強くなる理由の一つだとも思います。

ー映像資料を見て、演者と参加者の距離が非常に近い印象を受けました。

高田さん:そうですね、GAMA ROCKのコンセプトに賛同してくれたアーティストが集まってくださるので、みなさんすごくハートフル。ミュージシャンも、あの場をつくる一つの要素だという認識が、通常のロックフェスとは違うところですね。地域のお祭りを一緒につくるメンバーという意識がアーティストにもあって、愛が溢れるイベントだと感じています。

ー高田さんから見て感じる、ガマロックの魅力ってなんですか?

高田さん:私はアート部門を担当していたのですが、3、4回目の開催時に、アート部門の担当を離れ、役割を持たずガマロックに参加してみたんです。そこで改めて、ガマロックの素晴らしさを体感しました。公園で、みなが各々自由に、いい時間を過ごしている。おばあちゃんがくつろぐ横で、こどもが寝転んで漫画を読んでいて、その背景ではロックが流れる光景に、すごく未来を感じました。

画像提供:GAMA ROCK FES実行委員会
画像提供:GAMA ROCK FES実行委員会

ーみんなが思い思いに公園で楽しんでいる様子、素敵ですね。

高田さん:みんなが同じ方向を向かなくてよい。多種多様な人たちが、それぞれのコミュニティで自由に過ごせるのが寛容な場所だと思っています。それは、バンクーバーで感じたのと同じこと。ガマロックは、そんな心地よい場でもありますね。

ーまちの人が一体となって楽しめるイベントなんですね。

高田さん:そうですね。容易なことではありませんが、地域の人たちで一つのことに取り組めるってすごいことだなぁとつくづく感じます。

塩竈市民の地域への愛着心って、素晴らしいんですよね。それに港町ならではの気質もあって、新しい風が入りやすい。ガマロックはまさに、新しいエネルギーとまちの愛着心が調和しているんだと思います。

画像提供:GAMA ROCK FES実行委員会
画像提供:GAMA ROCK FES実行委員会

■持続可能なかたちを目指して、ともに楽しむGAMA ROCK

ーGAMA ROCKを通じて、高田さんご自身で感じられたことはありますか?

高田さん:ガマロックのような地域主体のイベントから多くのことを学びます。
同じ地域で生きる多種多様な人たちが、それぞれに思い描く「場」をつくっていく。それには、十分な意思疎通やモチベーションを保つための動機づけなど、様々な取り組みが必要。地域の人々自らが立ち上がり、生みだしていけるよう、持続可能なかたちとはなにか、楽しみながら模索していきたいものです。
そのためにも、今年のガマロックもアートブースで来場者のみなさんと楽しみながら、美味しいフードを味わい、音楽を堪能して、自らがガマロックを満喫したいと思っています。(笑)

ー高田さん、ありがとうございました!

今年のガマロックは2019年9月21日(土)の開催。
イベントに関する詳細記事はこちらをご覧ください!
【GAMA ROCK FES 2019】 港町の美味しいロックフェス!初心者でも楽しめる完全ガイド2019

画像提供:GAMA ROCK FES実行委員会
画像提供:GAMA ROCK FES実行委員会

高田 彩 ビルド・フルーガス主宰
1980年宮城県塩竈出身。2004年エミリー・カー美術大学卒。在学中SHIFTバンクーバー記者。アーティストネットワーキングbirdo flugas代表、2006年ビルドスペース開廊。国内外でアートプロジェクトの企画運営を行う。2014年より塩竈市杉村惇美術館統括。

birdo space
ビルド・フルーガスプロジェクトが共有するオルタナティブスペース。
企画展またレンタルスペースとして活用されている。
ビルド・フルーガス公式ホームページ

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