【聞くまち・大町】自然豊かな街中で、夢が膨らむ一杯のコーヒーを
仙台駅から地下鉄東西線で2駅。大町西公園駅を降りると、いつも自然と深呼吸をしてしまう。すぐそばには広瀬川、その向こうに青葉山。流れる空気は澄んでいて、青葉通の端に位置するこの場所には静けさもあるから、街中でありながら来るたびに心が落ち着くのだ。
駅を出て、青葉通のひとつ内側、歴史ある「大町通り」をまっすぐ進むと、コーヒーを煎るなんとも言えない美味しい香りが漂ってくる。駅出口から徒歩わずか30秒ほどの場所に店を構える「珈琲豆屋ベートーベン」。36年前からこの大町で変わらずコーヒー豆を販売する石濱啓史さんとまりさん夫妻に、大町という街での暮らしを伺うことにした。
歴史の面影を残す「しっとりした」まち
珈琲豆屋ベートーベンは1983年、大町にオープン。コーヒー豆店での手伝いを経て、啓史さんが27歳のとき独立し、まりさんとともにこの大町に店を構えた。「それまでインスタントコーヒーが主流だったのが、自分で豆を買って、ミルなどのコーヒー器具を揃えてみようかな、というスタイルがようやく始まり出した時代。コーヒーの捉え方は、今とは全然違いましたね」と、まりさんは振り返る。
江戸時代は仙台城のある青葉山から下ってすぐの城下町の入り口だった大町は、仙台藩の御用商人の街として賑わってきた。時代が変わるにつれ、街の中心が一番町や仙台駅周辺に移ってからも、大町には活気ある商店街が残っていたという。まりさんは「お店を始めたころはこの辺も、昔ながらのスーパーのような個人商店、お医者さん、電器屋さんなど、生活に必要なものが一通り揃う商店街でしたね」と、かつての街の姿を懐かしむ。
「自分が店を始めた場所ですからね、思い入れは大きいですよ。当時から繁華街ほどごちゃごちゃしていなくて、人混みもない。そんな、しっとりした感じがいいなと思っていました。今は昔と感じも変わってきたけど、大町自体は本当に好きですよ」と、啓史さん。
赴任で仙台に来たコーヒー好きも虜に
お店を開いた36年前からコーヒー豆は卸売はせず、この大町の店舗での販売のみ。開店時から通い続ける常連客も多いほか、単身赴任や大学進学で仙台に住み始めてからファンになり、異動や卒業で仙台を離れた後もお店から豆を取り寄せ続ける人も少なくないという。仙台のコーヒー好きを虜にするそのこだわりを、啓史さんに聞くとーー。
「こちらが飲み方や楽しみ方を強要するんじゃなくて、お客様がおいしい、と言ったものが『THE コーヒー』になる。ただそれだけです。ただ、うちはそのために、『おいしい』の根拠を持っていなくちゃいけない」
世界各国から仕入れる豆は、そのシーズンにいい豆を生産している農園の情報を得て、品質のいい豆だけを入荷。入荷した豆は機械でいい豆を選別した後、人の目と手で、さらに良質な豆のみに厳選する。その上で、大切な過程が「焙煎」だ。豆が育てられた環境や豆本来の持ち味を理解し、最適な煎り方を考える。例えば酸味が特徴のキリマンジェロやエチオピアは、豆本来のフルーティーな味わいを引き出せるように。味も香りも柔らかいクリスタルマウンテンやブルーマウンテンは、焙煎を強くすると苦味が出るため、ふわっとした味わいが引き立つ加減でーーといったふうに。
「100%同じにはならないし、そのブレを少なくするようにしているけど、まだまだ未熟ですよ。でももしかしたら、そのブレを楽しんでいる常連さんもいるのかもしれないね」
コーヒー片手に「西公園」でゆったりした時間を
コーヒー豆のほか、店頭では一杯200円(マイカップ持参で180円)の破格の安さでドリップコーヒーも提供しているベートーベン。「朝、出勤前にご利用される方もいますし、近くの職場の方が昼休みに買いにいらっしゃることもあります。西公園へ行く方がお求め下さることも多いですよ」と、まりさん。お店から歩いてすぐの西公園は、休日にコーヒーを持って出かけるのにぴったりの場所。単身者でも家族でも、美味しいコーヒーを楽しむゆったりした時間を中心部にいながら過ごせるのが、大町の大きな魅力だ。
ペットとの暮らしを楽しむ人も多いまち
「ベートーベン」の店名の由来は、お店を始める前から飼っていたセント・バーナードの名前から。以来セント・バーナードを飼い続け、現在は5代目の「カイザー」君がお店の看板犬を務めている。お店のロゴやオリジナルグッズ、写真やぬいぐるみ……お店の内外に歴代のセント・バーナードの姿があり、文字通りお店の「看板」の役目を果たしている。
「ここにお店に構えたから犬を飼えたし、だからお店を続けられているのかも。一番町や中央通りでセント・バーナードを飼うなんて無理だろうけど、ここなら飼いやすい環境が周りにあるでしょう。落ち着いていて人混みがなくて、中心部だけど外れで、すぐ散歩できる西公園が近くにあって。そういう環境だったからこそ看板犬を飼い続けてこられましたね」と、啓史さんは話す。
大町は街中でありながらペット飼育可の賃貸物件もあるためか、青葉通や西公園では犬を散歩する人の姿がよく見られるし、ペットフードが充実しているコンビニも多い。
「夢を描けるコーヒー」を提供する店でありたい
歴史の面影を残す自然豊かな大町に店を構え、仙台の人々に愛され続けるベートーベン。啓史さんが追求するのは、飲んだ人が「夢を描ける」コーヒーなのだという。
「コーヒーは、いいものを出して当たり前。その上になにかお客様が夢をつくれればいいなって思うよね。例えば慶長遣欧使節をテーマにしたこのコーヒーは、支倉常長がバチカンに行ったときに現地にはまだエチオピアとモカしかなかったというエピソードから、モカだけでつくったもの。これを飲んだ人が、常長がバチカンで飲んだコーヒーってこんな味だったのかな、っていう、夢をつくれればいいじゃない。バッハをテーマにしたこのコーヒーなら、バッハがコーヒーハウスで飲んでいた風景はどうだったんだろうな、って。味がよくて、その上で飲んだ人が夢をもてる、何かしらイメージを描けるような、そういうものでありたいと思うよね」
たった一杯から夢を、想いを膨らませていく。そんなコーヒー豆屋さんのある大町には、今日も美味しい香りがふわりと風に乗って漂ってくる。
珈琲豆屋ベートーベン
住所:〒980-0804 仙台市青葉区大町2-4-8
TEL:022-225-6996
営業時間:9:00〜18:00
定休日:日曜・祝日
http://beethoven-coffee.com/