【聞くまち・上杉】住宅街とオフィス街の交差点で「日常の美味しさ」作るパン屋さん
仙台は、緑が美しく映える季節になった。仙台の街路樹といえば定禅寺通や青葉通を彩るケヤキ並木が有名だが、仙台駅方面から上杉にかけて南北に走る大通り・愛宕上杉通のイチョウ並木の新緑もまた美しい。
宮城県庁の北側に広がる「上杉」。官公庁や企業のオフィスがあることで昼間はスーツ姿の人々が行き交うが、東側はマンションや一軒家が多く建ち並ぶ、閑静で住みやすい住宅街だ。
そんな上杉には、90年以上も前から店を構え、人々の暮らしを支えているパン屋さんがある。「FRESH BAKERY & CAKE 石井屋」を運営するパン工房ウェルストン代表取締役専務の伊藤芳裕さんに、上杉というまちについて聞いた。
侍屋敷だった風格を残す、閑静な住宅街
1928年創業の「石井屋」は、芳裕さんの祖父にあたる初代・三蔵さんが和菓子屋として開業。父で二代目の良三さんが、和菓子に加えてパンづくりを始めた。現在は三代目として、兄の憲保さんが洋菓子づくりを、芳裕さんがパンづくりを担当。上杉というまちで三代にわたり90年以上、人々に愛され続けてきた。
「子供のころは、井戸があって、長屋があって…。官庁街、高級住宅街、という今のようなイメージの場所ではなかったですね。高いビルなんかもなくって」
江戸時代には侍屋敷が並んでいたという上杉。伊達藩の御用蔵・勝山酒造が江戸時代から上杉に蔵を置いたことから、古くから迎賓館として利用されてきた「仙台勝山館」やその庭園だった「勝山公園」があり、どこか格式高さを感じる上杉独特の雰囲気を生み出している。
「勝山公園は子供のころからよく遊んでいた、好きな場所ですね。この新緑の季節から、だんだん緑が深くなっていくんです。そして日が当たると、キラキラ、って。秋は紅葉のグラデーション、春には桜の木もあるので、季節の移り変わりが綺麗ですよ」
子どもからお年寄りまでが「日常」で愛するパンを
大通りの交差点に立地する石井屋。オフィス街、住宅街、学校のあるまちという上杉の多面性を表すように、お店には子どもからお年寄りまで幅広い年齢層の人々が訪れる。芳裕さんが心がけるのは、誰もが日常で立ち寄り、毎日でも食べ続けられるような素朴な「街のパン屋さん」であることだ。
「パンは、日常品ですから。一口食べてすぐ美味しい、というよりは、じんわりくるような優しい味。今日食べて寝て、明日起きてまた食べたくなるような、そんなほっとする味を心がけています」
芳裕さんがパンづくりを始めたのは、大学4年生のとき。父親の良三さんが病気で入院し、当時仙台で洋菓子の修行をしていた兄の憲保さんとともに店を継ぐことになった。芳裕さんは専門書を読み漁ったり、取引先の製造会社から学んだりして、なんと独学でパンづくりを身につけたのだという。
「兄弟で力を合わせなければいけない状況になって。でも何にも染まってなかったからこそ、スポンジのように吸収できたのかもしれません。修業先の材料とか、そういうものにしばられずに、ただおいしいパンを追求できた」
生地には乳化剤やイーストフードを入れず、なるべく無添加で。水をたくさん使ってもっちり感とソフトさを追求し、低温熟成法で甘みを引き出すなど、大手では真似できない手間をかける。そんな手を抜かないこだわりを貫きながら、お客さんが日常で立ち寄って買えるリーズナブルな価格帯でパンを提供している。
官庁や街中心部へのアクセスのよさで、転勤族も多く住むエリア
周辺には宮城県庁や仙台市役所、青葉区役所、仙台北税務署などの官公庁があり、NTTドコモ東北支社のビルをはじめ多くのオフィスも建ち並ぶ。一番町などの中心部にも近い利便性から、転勤で仙台に来る人が住む場所としても人気のエリアだ。
「昔は官公庁へ配達や出前販売もしていて、お昼時は人気でみなさんずいぶん並んで買ってくれていましたよ。今は出前はしていませんが、平日はお仕事帰りに会社員の方が寄ってくれることも多いんです」
暮らしやすく「教育熱心な人が多い」まち
石井屋の店舗2階にはカフェスペースもあり、1階で買ったパンやコーヒーを楽しむことができる。開放感のある広い窓から外を眺められるゆったりとした空間で、地域の人々が息抜きに立ち寄れる、憩いの場所にもなっている。
「子どもを学校に送り届けたお母さんたちがお喋りをしたり、学校が早く終わった子どもたちが友達同士でわいわい集まったりしていることもあるんです。子どもたちがいるときは賑やかですよ」
上杉は、上杉山通小学校、上杉山中学校、宮城教育大付属小学校・付属中学校と、街中ながら学校が多く集まっている地域。「暮らしやすいですし、教育熱心な方も多いと言われていますね」と、芳裕さんは話す。まちには登下校する児童の姿があり、穏やかで落ち着いた雰囲気の中にも活気がある。
進化し続け、愛され続ける「まちのパン屋さん」
仕事に疲れた帰りに立ち寄るサラリーマン。子どもの誕生祝いにケーキを買うお母さん。学校帰りに友達と買いに来る子どもーー。石井屋のパンは地域の幅広い年代の、あらゆる人々の生活に溶け込み、それぞれの日常の中の豊かな時間を生み出している。
「あちこちのパン屋さんに行ったけど結局石井屋さんに戻ったよ、という話を人づてに聞くとやっぱり嬉しい。最後に戻ってくるような、なくちゃ困るなぁ、って思ってもらえる存在でありたいな、と思いますね」
芳裕さんが父親の良三さんからお店を継いでから長年の間、お店の不動の人気ナンバーワン商品は良三さんが生み出したクリーム入りの「メロンパン」だった。それが今では、芳裕さんが3、4年ほど前に開発した「究極のクリームパン」が一位になるように。「父を越えるのに、何十年もかかりましたよ」と笑う芳裕さん。その裏には絶え間ない努力がある。
「続けていくには、守るだけではだめ。美味しい=甘いだった父の時代とも味は違いますし、つい2年前にも粉や卵、製法を見直して、メインの菓子生地を10数年ぶりに変えたんですよ。静かに、分からないように(笑)。食パンもマーガリンを使うのをやめ、バターだけに変えた。常に、より美味しくなるようにと、パンづくりを変えています」
和菓子、パン、洋菓子……上杉のまちの移り変わりと合わせてお店自体も変化しながら、しかし変わらずに地域の人々に支持され続けてきた石井屋。芳裕さんは今日も、このまちで暮らすさまざまな人の生活をちょっと幸せにするような、そんなパンの味を追求している。
「パンやケーキでお腹を満たす、ということにプラスして、ほっとしてもらいたい。食べた時に気持ちを切り替えてリフレッシュできたり、和むなぁ、と思ったりしてもらえたりしたら。そういう思いが伝わるといいな、って思いますね」
FRESH BAKERY & CAKE 石井屋
仙台市青葉区上杉1−13−31
tel. 022-223-2997
営業時間
平日・土曜 :7:45~19:30(カフェは19:00まで)
祝祭日:7:45~19:00(カフェは18:00まで)
定休日:日曜
http://www.ishiiya.com/index.html