くらしとおやつ 焼きりんご
おやつが好きだ。
どんなに疲れていても、少々嫌なことがあっても、
おやつがあれば、大抵のことをリセット出来てしまう。
そんなおやつについて、エピソードや私自身のこだわりを綴っていく。
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さぁ、おやつの時間です。
手揉みしながら大きめの声で言いたい季節だ。
おいおい、あなたいつもでしょうよ、そう思わず突っ込んだあなたは、この連載「くらしとおやつ」をいつも読んでくださっている証です。有難うございます。
はらこ飯解禁、少ないながらもさんまの水揚げ、ニュースでそう報じられるたびに生唾がごくり。何となく季節感に乏しい今年も、メディアは食欲の秋を盛大に煽ってくるが、それ以前に私の体は季節の変わり目を敏感に感じ取っていたのか、食欲は順調に右肩あがりだ。
冷たい飲み物とさっぱりしたデザートを欲していた体も、温かい飲み物と何かほっくり食べ応えのあるおやつを所望している。
秋に美味しいおやつはごまんとあるけれど、まずは旬の果物を探しに行きましょうか。
スーパーでも道の駅でも、秋は果物コーナーが楽しい。夏はフルーツ全盛期だと以前「くらしとおやつ フルーツ・アラカルト」で書いたが、秋は秋で、トーンが落ち着いたシックな色合いの果物が並んでいるのを見ると、時は熟したと言わんばかりの風格に、静かに胸が高鳴る。
梨、いちじく、ぶどう、一番を決められない程に惹かれるが、何はともあれ、りんごである。
ふじ、紅玉、ジョナゴールド、王林、津軽。
りんごの品種を少なからず知っているのは、父が青森出身ということもあって、りんごに慣れ親しんできたからかもしれない。
こどもの頃、色とりどりのりんごがぎっしり詰められた段ボールが祖母から届き、毎日瑞々しいりんごが食卓に並んでいた。
「一日1個のりんごで医者いらず」という言葉を知ったのは大人になってからだけれど、風邪をひいて熱を出し食欲がないような時も、りんごだけは食べられた。
特別大好きとは思っていなかったけれど、幼心にも、何とも安心感のある果物であることは感じていた。
あれから数十年。品種改良が進み、店頭には初めてご対面する品種が沢山並んでいる。
最近とある道の駅で手に入れたのが、「涼香の季節」という品種だ。
何でしょう、この高級料亭の水菓子のような風情ある名は。つややかな紅色のこの品種は、通常より1ヶ月ほど早く収穫できる早生(わせ)ふじの系統で、9月下旬〜10月下旬に収穫される。
包丁を入れるとさくっという小気味良い音。実は適度に歯ごたえのある固さで、甘みと酸味のバランスがちょうど良い。
このままフレッシュな生りんごを堪能するのもありなのだが、ここは大好きなあれをこしらえることにする。
そうです、焼きりんごです。りんごが旬のうちに、焼きりんごをいくつ食べられるかが私の中でテーマになっている。
手作りのおやつなんて私には到底無理だわ……と思っている方にこそ、作って欲しいのが焼きりんご。なぜなら、こんなに簡単で美味しいおやつはないからである。
くし切りや輪切りにして焼く方法もあるが、やはり丸ごと1玉焼くのがおすすめ。
りんごを洗って、皮はむかずに枝の部分を丸くくり抜く。スプーンを使うときれいにくり抜ける。くり抜いて出来た穴の部分に、バター1片、シナモン、砂糖大さじ1を入れる。お好みでくるみやレーズンを入れても美味しい。180度に熱したオーブンに入れ、30分程焼けば完成だ。
焼きりんごは、焼いている最中も楽しめる。十数分経つと、たちまち部屋中が甘酸っぱい香りに包まれる。なんと幸せな香りなのだろう。天然のアロマセラピーを満喫する。
オーブンの前に陣取って、焼けていく様子を観察するもよし。はじめはぱんっと張った赤い皮に、時間と共にしわが入り、丸くくりぬいた部分からとろりとバターや果汁が溶け出していく。じゅう……じゅわぁ……という音が頻繁に聞こえるようになったら、焼きあがるまでのカウントダウンだ。
約30分後、やけどに気をつけながら天板を取り出せば、フレッシュで紅色のりんごはどこへやら、茶色に変化し、すっかり老成したかのようになっている。でもこれこそが美味しい焼きりんごの出で立ちだ。
ほかほか湯気が出ているうちに、お皿に乗せてバニラアイスを添える。アイスはもちろんりんごの上に乗せても良いが、あっという間にソースと化するのでその場合は食べる直前が良い。
フォークやナイフで切り分ければ、たちまち果汁が流れ出す。熱々を口へ運べば口いっぱいにりんごの深い甘み。シナモンの香りが鼻をくすぐる。バニラアイスでより濃密な味に。
ボリュームはあるが、そこは果物なので、食べ終えた後のくどさや重さは皆無だ。
家族との時間、友人が来る週末、是非、焼きりんごを団欒の中心へ。
そして、さぁ、おやつの時間です。と大きめの声で呼びかけましょう。
焼きりんごのある、丸くて和やかな時間を約束します。
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