くらしとおやつ 「café mozart Figaro(カフェモーツァルトフィガロ)」のフルーツタルト
おやつが好きだ。
どんなに疲れていても、少々嫌なことがあっても、
おやつがあれば、大抵のことをリセット出来てしまう。
そんなおやつについて、エピソードや私自身のこだわりを綴っていく。
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幼稚園の頃、先生や友達と手を繋ぎ、よく宮城県美術館に散歩に訪れていた。
美術館に行くと、丸メガネをかけた男性が、美術館の中を案内してくれた。
「ここから先は、大人は通れません。特別に僕がみんなを案内します。はぐれないでついてきてくださいね。」そういって丸メガネの男性は先導を切り、美術館のエントランスにあるツツジの咲いた生垣の中に入っていった。さながら、『となりのトトロ』の緑のトンネルである。
4〜5才の小さな体をかがめてそろそろと歩き進んでいくと、さっと目の前が開け、美術館裏の庭園に出た。男性はいたずらっぽい顔で「この道は、今通ってきた僕たちだけの秘密です。みんななら、いつかトトロに会えるかもしれません。」と、とっておきの情報を教えてくれた。
しばらくして、美術館には学芸員という仕事をしている人がいると知る。展示されている絵の知識があるということだけではなく、美術館という場所をいかにして楽しむか、それを伝える仕事。それを全うしていたあの方は、今いらっしゃるのだろうか。敬意と憧れの想いが今もなお募る。
幼稚園で、学校で、母に連れられて。小さい頃から度々美術館に足を運ぶ習慣は大人になった今も続いていて、今日もまた、宮城県美術館にやってきた。
1981年に開館した宮城県美術館は、建築家・前川國男氏による建築だ。
全国各地の学校や公共施設を多く手がけてきた前川氏だが、宮城県美術館は「作品を引き立てるような建築」を目指したという。美しい庭園を有するゆとりのある空間美で、40年以上が経つ今も全く色褪せることがない。「頑丈に丁寧に作られた建物は、ずっと古びないんです」と話していた、あの学芸員の方の言葉を毎度思い出す。
エントランスの回廊を歩き、美術館の中に入った瞬間、すっと大きな静寂の空間に吸い込まれるような感覚、高い天井に静かに反響する足音、ひんやりとした美術館の匂いに心が解ける。いつ訪れても広い館内の隅々まで手入れが行き届いていて、建物としての老朽化について具体的なことはわからないが、丁寧に手入れされていることは解る。
特別展「足立美術館展」が終わり、展示の入れ替え期間中の館内は、お客さんもまばらでいつもよりさらに静かだ。久しぶりに常設展の券を買った。
美術館というと特別展に足を運ぶ方が多いと思うが、特別展は全国巡回しているものも多いので、私は、美術館の所蔵作品の特徴を知るために、常設展にも足を運ぶ。
スイスの抽象画家・パウル・クレーの作品に出会ったのも宮城県美術館である。クレーの作品はもちろん、彼と同時代を生き、共に影響し合ったワシリー・カンディンスキーの作品も充実しており、定期的に展示作品を入れ替えているので、行く度に展示の印象が異なる。
久しぶりの常設展は、過去に見た記憶が呼び戻される作品もあれば、初めて見るものもあった。以前は通り過ぎた作品の前でじっと見入ったり、その逆で、あまりぴんと来ないものもあった。心の状態と、その時に関心のあるもので見え方が変わってくるのがアートの面白さである。
作品に出来る限り近づいて見つめたり、展示室中央の椅子に座ってぼーっと眺めたり、そうしてたっぷり1時間かけて作品に没頭したからか、展示室を出る頃には心地良い疲労感。
さて、お茶にしますか。
向かうは、1階の「café mozart Figaro」。クラシックギターのBGMがかかる店内には、赤・青・黄色の色とりどりの椅子が並んでいるが、そのどれもが巨匠デザイナー達がデザインした家具を取り揃える、ハーマン・ミラー社のもの。形が異なるカラフルな椅子が並ぶ様子と、先程まで眺めていたカンディンスキーの幾何学パターンが重なる。
時節柄テラス席が人気だが、今日は店内の黒いソファを選んで荷物を置いて、ガラスのショーケースの前へ。
目に飛び込んできたのは、季節のフルーツタルト。その名の通り、タルトの上にフレッシュな果物がたっぷりと並んでいる。普段は割と地味な見た目のおやつを好んで選ぶが、展示を見て色の感性を刺激されたか、今日はこのタルトで決まりだ。
冷たく冷えたアイスコーヒーと一緒に運ばれてきたタルトは、間近で見るとさらに艶やか。
端から順番に、苺、オレンジ色のメロン、黄緑色のメロン、そしてまた苺が行儀よく並ぶ。
まずは、タルトの先端をフォークで切り分け口へ運ぶ。口いっぱいに広がる苺の甘酢っぱさ。それをふんわりと包むカステラ生地、軽やかな生クリーム、ひんやりなめらかなカスタード。タルトといえども土台はパイ生地なので、さくさくとした食感で重くない。
お次はメロンゾーン。2種類の贅沢を一気にがぶり。濃厚なオレンジメロンとほのかな青みを感じる黄緑のメロン。フレッシュな果汁を味わえば、またまた追いかけてくるクリームの二重奏。とにかく口いっぱい忙しい。嬉しい悲鳴が続々とやってくる。
鞄から、読みかけの原田マハさんの最新著書『リボルバー』を開いた。
美術館の展示企画などを考えるキュレーターの経歴を持つ原田さんは、アート作品や画家を登場人物とした作品を数多く書かれている。
『リボルバー』は、ひまわりの絵で有名な画家のフィンセント・ファン・ゴッホと、ゴッホと共同生活をした画家のポール・ゴーギャンを題材にしていて、美術館のカフェで読むには出来過ぎなくらいぴったりな本である。
店内のBGMがふと途切れた。CDは一体何周したのだろうか。
没頭して最後のページを読み終えると、本の余韻に浸りながらタルトの残りを口へ運んだ。
最後までさくさく食感の残るパイ生地と苺は、どことなくミルフィーユのようでもある。最後のカスタードを頬張ると、中から濃厚な甘み、なんとバナナである。隠されていたお宝を見つけたような嬉しさをぺろりと平らげて、充足感いっぱいで席を立った。
帰り際、カフェの入口の本棚に目をやると、『炎の人ゴッホ』という本が立てかけてあった。そしてその並びには、『オランダベルギー絵画紀行』。オランダはゴッホの生まれた国である。
デザイナーによって作られたアート作品のような椅子、季節を感じられるおやつ、さらに本棚までジャンルを考えた良質なセレクトと知れば、また通わない手はない。
「cafe motzart Figaro」のある、宮城県美術館。
アート作品に出会え、空間の素晴らしさに浸れ、自分の感覚とじっくり対話できる場所。
だから私は、宮城県美術館が大好きだ。これからもずっと。
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café mozart Figaro
仙台市青葉区川内元支倉34−1(宮城県美術館内)
営業時間:9:30~17:00
定休日:月曜日(休日の場合はその翌日)、年末年始電話:022-265-6353
Instagram @cafe_mozart_sendai