02 食べる

くらしとおやつ キャンプのおやつ

- 2021.05.27
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くらしとおやつ キャンプのおやつ

おやつが好きだ。
どんなに疲れていても、少々嫌なことがあっても、
おやつがあれば、大抵のことをリセット出来てしまう。
そんなおやつについて、エピソードや私自身のこだわりを綴っていく。

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街を出て郊外の道に入ると、エアコンを切って車の窓を開けた。芽吹きの時期を過ぎた木々の緑の色が一段階濃くなり、青々とした匂いも強くなっている。

森の木々を見ると癒される人がいれば、海を見ると癒される人もいるように、癒しを得られる自然の風景は人それぞれだ。
新緑に癒されるのは言わずもがなだが、私が最近気づいた癒しは、火だ。
火と癒し。一見対極にあるようだが、燃え盛る炎を見ていると自分でも驚くほど心がしーんと鎮まりかえっていく。

とはいえ、日常生活で火を見る機会というのはそう多くない。ガスレンジの火をじっと見つめる人はあまりいないだろうし、実際我が家はIHヒーターである。あるいはテレビの時代劇、画面いっぱいに燃え広がる戦の炎か、いずれにしてもそれ位であろう。

小学校の頃の野外活動でキャンプファイアーをした時の記憶を辿っても、火に癒された思い出はないのだが、大人になると変わるのだろうか。
昨年のとある冬の日、薪ストーブがあるカフェに入った時、ちょうどストーブの目の前の席に座ることができた。
じんわりと周囲を暖めるストーブの中では赤々とした火が燃えていて、その様子に目が釘付け、しばらく動けなくなってしまったのである。

薪ストーブを家に設置できれば良いが、賃貸のアパート暮らし故、現実的ではない。簡単に、いつまでもじっと火を眺めていられるといえば、焚き火。焚き火といえばキャンプである。

コロナ禍の状況も後押ししてか、世の中でキャンプの需要が高まっていることはそこかしこで感じられる。
本屋に並ぶ雑誌や書籍では、このご時世でも楽しめる「ソロキャンプ」の特集が度々組まれているし、YouTubeでもその類の動画は日夜アップされている。
はたまた100円ショップの店頭では、キャンプで使える便利グッズや食器類が所狭しと並んでいて、新しくキャンプをはじめる人が後を絶たないことを実感させられる。

私自身のアウトドアというと、山登りをしたりカヤックをしたりする機会はあったが、キャンプをするきっかけがなかった。しかし、薪ストーブの一件から急にスイッチが入った。
とはいえ、テントを買って、バーベキュー用品を揃えてというような、立派なキャンプではない。私の目的は、焚き火。焚き火をして、火を見たいのだ。
アウトドアショップで焚き火台と椅子を買い、ホームセンターで薪を買って……そして今日、焚き火を目的に、キャンプができる場所へ車を走らせている。

初回の焚き火は昨年の冬の夜、2度目は1週間前の昼、そして今日が3度目と打ち明ければ、徐々に頻度が上がっていることからも、のめり込み様を感じていただけるだろうか。

仙台は、中心部から車を1時間も走らせれば、川崎や蔵王、泉ヶ岳にも行ける素晴らしい環境だ。オートキャンプ場もあれば、ちょっとした木立のあるキャンプができる場所も多数あるので、皆それぞれの好きな場所を選んでいることと思う。

夕方5時。焚き火場所に到着。気持ち良さそうな木の下を見つけたら、近くに車を停めて、焚き火台と椅子を下ろして運べば、セッティングは完了。テントも張らないので、5分も掛からず焚き火に挑める。

焚き火台に薪を焚べ、その隙間に地面に落ちている小枝や新聞紙を入れて着火剤にし、火をつける。湿度が高かったり、小枝が乾燥していなかったりすると火がつくのに時間がかかるが、じっと神経を集中させて着火する工程もなかなか楽しい。
火が薪に移ればあとは安心だ。小さな火が少しずつ命を吹き込まれたように大きさを増していく。

さぁ、皆さん、お待たせしました。おやつの時間です。
私がただひたすらにぼーっと火を見ているだけだとお思いでしょうか。甘い甘い。
焚き火の醍醐味は、やはり、おやつなのである。

直火が目の前にあるので、焼いて美味しいものがおやつ向きだ。
アメリカでキャンプのおやつといえば、火で炙ったマシュマロをチョコレートと共にビスケットに挟むおやつ・スモアが定番。これは、初回の冬の焚き火で楽しんだので、今日はコンビニで売っていたワッフルを持ってきた。

ワッフルを竹串に刺して、お肉のように火で炙る。火から離し過ぎても温まらないし、近づけすぎると黒焦げになる。塩梅を見ながら炙っていく。ワッフルを火から離して手を近づけると、ほんのり温かくなっていたので、一口齧る。
さくっとした表面の歯触りと共に、ほわっとバターの香りが鼻に抜けた。炙ることで香りが立つ。中はふわっと柔らかく、時折、パール状のワッフルシュガーがしゃりっと音を立てた。
ふぅ。ワッフルを頬張りながら、ここでようやく深々と椅子に腰掛ける。

夜の帳が降りる、という表現がしっくりくる通り、ビルや街灯の明かりが無い山間部は、陽が沈めば垂れ布を下ろしたようにさっと暗くなる。
夜は焚き火の本領発揮の時間だ。暗闇の炎は、一時も同じ形にとどまることなく踊るように動き続け、朱色になったかと思えば、その温度とは裏腹に冷めざめとした青色に光る時もあり、その合間に火の粉が闇夜に消えていく。
そんな様子を見つめていると、時折、パキッ、パチッ、と薪がはぜる音がして、瞬きすら忘れて没頭している自分に気づいて我に返る。

火は、「1/fのゆらぎ」という人間が心地よく感じるリズムのパターンを有していることから、癒しの効果があることが科学的に証明されているという。
かといって、焚き火の動画を見て癒されるかといえば、私はそうでもない。

やはり、火は自分で起こし、その温かさを感じたい。間近で薪のはぜる音に耳を傾けたい。そしてその火と共に、おやつを味わいたいのだ。

風にさわさわとゆれる木の葉、風の匂い、地面の土の香り、五感を刺激されながら、食べるという行為に集中する時間がとても好きだ。だから私は、また近々焚き火をしに、車を走らせるだろう。

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