【聞くまち・本町】「定禅寺通の端っこ」の静寂で、古本片手に自分と向き合う
定禅寺ストリートジャズフェスティバルやSENDAI光のページェントなど、季節ごとに仙台を代表するイベントが開かれる華やかな大通り、定禅寺通。でも、その大通りの東端まで歩いていく人は、あまり多くはないだろう。
通りの北側は「錦町」で、通りの終点から東は「花京院」。住所上は「本町」だけど、家具店が並ぶ本町の中心街とは通りを挟んで少し離れている。だからこの、定禅寺通の東端の、とても小さいけれど何と呼んでもしっくりこない独特なエリアを、愛着を込めて “定禅寺通の端っこ” と名付けたい。
「定禅寺通の端っこ」には、個性的な店が軒を連ねている。冷やし中華発祥の店とされる中華料理店「龍亭」や、明治16年創業の蕎麦屋「かふく」などの老舗飲食店もあれば、カクテルが飲めるバーや大衆的な居酒屋もある。かばん店やパン屋、花屋など、小さいエリアながら多様な個人商店が揃い、この地域での生活に彩りを与えている。
そんな定禅寺通の端っこに、ひときわ存在感を放つお店がある。「book cafe 火星の庭」。なんだか哲学的な響きの店名に少々気圧されながら扉を開けると、左手には文学、歴史、科学・・・とにかくあらゆるジャンルの古本がぎっしり入った本棚が並び、右手には、アンティーク風の机と椅子が並ぶ落ち着いた雰囲気のカフェスペース。古本とコーヒー、という相性抜群の組み合わせに、胸が高鳴る。店主の前野久美子さんに、この街について伺うことにした。
ドイツで毎日過ごしたブックカフェを「空気が似ている」仙台で開店
「火星の庭」は2000年、前野久美子さんと健一さん夫妻がこの場所にオープンした、お店の半分が書店、半分がカフェの「ブックカフェ」。当時は珍しかった「ブックカフェ」という形態を19年前から始めたのには、久美子さんが仕事で2年間を過ごしたドイツや、夫婦で放浪したヨーロッパ各地で出会ったブックカフェ文化の影響があるという。
「ドイツにいたときはほぼ毎日ブックカフェに通って、お茶を飲んで読書するのがなにより幸せだったんです」と、久美子さん。「仙台は、空気がドイツと似ているんですよね。冬の曇天や、夏でも比較的湿度が高くないところや、どこかものさびしい感じが」
仙台駅も繁華街も徒歩圏。利便性と落ち着いた生活感が同居するエリア
福島県郡山市出身で、子供の頃から読書好きだったという久美子さん。仙台の調理学校卒業後も「太宰治が好き」という理由で、当時は旅館として営業していた青森県五所川原市金木町の太宰治の生家「斜陽館」で調理師として働いた。「放浪癖があってね」とお茶目に笑う久美子さんはその後、東京、ドイツでの調理師経験を経て、再び仙台へ。仙台の出版社「カタツムリ社」で働いた後、ヴィレッジバンガードの仙台初出店時に本の選定を担当した。
次の職に悩み、カタツムリ社代表の加藤哲夫さんの元へ相談しに行くと「自分でやれば?古本屋、いいんじゃない?」と、加藤さんに「街の古本屋入門」という本を渡されたという。「いやいや、自分でやるなんて!と思ったけど、喫茶店で読み始めたら、面白そう!って思って。翌日には物件を探し始めて、4カ月後にはオープンしてましたね(笑)」
「定禅寺通の端っこ」は、JR仙台駅からでも駅前通を15分ほどまっすぐ歩けば到着するし、アーケード商店街や国分町などの繁華街に歩いて行くにも10分足らずという、実は利便性の高い穴場スポットだ。しかしお店を始めた19年前は人気のない場所で、入居したビルのテナントは全て空いていたのだという。「たまたま二人で街を歩いていてこの物件を見つけて、ここいい!って、ガラス越しに中をガン見したんですよ。大通りだし、歩道もあるし、お客さんが歩いてこれる距離だし、コンビニもある商圏。条件をすべてクリアしていて」
繁華街から離れた「守られた静けさ」が魅力のまち
マンションが建って居住者が増えたり、大型スーパーが開店したりと、お店の周りにも段々と活気が出て、街は暮らしやすく変化してきた。それでも、この定禅寺通の端っこには独特の空気が流れている。「アーケードや駅前とは違い、より静かで落ち着いていて、ゆっくり過ごせる場所だと思うんですよね。この場所にブックカフェがあることで、繁華街から離れて一度気分をリセットしたり、ギアを入れ替えたりできるんじゃないかな」。この場所が気に入っている、と話す久美子さんはこの立地を「守られている静けさがある」と表現する。
生活の中の「エアポケット」のように、素の自分に戻れる場所を
カフェブームも、個人経営の書店ブームもまだなかったという仙台で、大通りの端っこにオープンした「火星の庭」。お店の存在は知人経由や口コミで広まり、文学、音楽、演劇などの多様なイベントが開かれる、街の文化の発信拠点としても広く知られるようになった。近隣住民や市内各地のほか、遠方の県外からもお店を目的に訪れるお客さんが少なくない。
販売している本は驚くべきことに、ほとんどが「火星の庭に合いそうだから」とお客さんが持ってきた本なのだという。古本は、一点限り。その瞬間に本棚に存在する本と、お客さんのその瞬間の興味関心とが合わさり、一対一の偶然の本との出会いが生まれる。
「お花って、部屋にあるだけでいい影響を与えるでしょ。本も同じで、そこにあるだけで、人の生活の空気を変える存在だと思うんです。読まなくてもあるだけで、人にいい影響を与える。だから、人が本に接しなくなるのは、精神的な危機だと思うんです」
街にとって本屋があることも、同じ。「本屋さんが街にあると、何かあるんじゃないかな?って、うきっとなりますよね。それほどに人の精神を担保している、補完している、そういうところだと思うんです。街から本屋がなくなると傷つくような人って、確実にいる。見て、触って、選んで。そういう人と本との一対一のリアルな出会いを作っていきたいし、大切にしたい」
店名の「火星の庭」は健一さんが「火星」、久美子さんが「庭」、という言葉を持ち寄って名付けたとのこと。「あまりにもよく聞かれるので作ってみたんです」と、健一さんが火星の庭の創作絵本を見せてくれた。火星に移住しようとした人間が飛ばした宇宙船「ニワ」が火星に到着し、火星人たちが地球の本を読みながらお茶をする憩いの場として使われるようになった、というほっこりするお話が、可愛らしいイラストで描かれている。
「生活の中に、エアポケットのような、ぽこっと違う空間が必要なんじゃないかと思うんです。家でも職場でもなく、サードプレイスでもなく、一人で静かに時間を過ごして、家庭や職場での役割から離れて、本が好きな素の自分に戻れるような」
街の喧騒から離れて本に囲まれてお茶ができるこの場所は、なんだか確かにこの街に出現した異世界の「宇宙船」のよう。日々の仕事や悩みを一度置いて、じっくり自分と向き合い、明日のためにまたギアを入れ替える。そんな過ごし方を味わえるのが、「定禅寺通の端っこ」なのかもしれない。
火星の庭
住所:〒980-0014 宮城県仙台市青葉区本町1-14-30-1F
TEL:022-716-5335
開店時間:11:00~19:00
定休日:毎週火曜・水曜
http://www.kaseinoniwa.com/