【聞くまち・穀町】下町が醸すクラフトビールを、広瀬川で楽しむ日常
仙台の梅雨は寒い。体にまとわりつくような蒸し暑さに耐えていた関東の記憶が長いから、仙台で暮らして7度目の梅雨もいまだ新鮮な気持ちで迎えられ、この季節特有のひんやりとした空気の冷たさがどこか物悲くて気に入っている。
湿度が上がるこの季節になると、その美味しさを自然と思い出してしまう飲み物がある。それはビール。聞けば、仙台で初となるクラフトビールの醸造所が穀町に誕生したそうだ。なぜ、穀町で?「穀町」の名前を冠するビールを作る人のもとへ、その思いを聞きに行った。
仙台地下鉄駅トライアングルの中心にある「穀町」
「穀町ってどこ?」と思ったあなたに説明したい。地下鉄南北線の「愛宕橋駅」「河原町駅」そして地下鉄東西線の「連坊駅」。いずれも仙台駅から2〜3駅の近さだが、この3地点を地図上で線で結んだとき、その三角形の中央にあるのが穀町。つまり3つのいずれの駅も徒歩10分程度で利用できる、意外と便利な場所にある。
「穀町」の名は、江戸時代に米や穀物の売買特権が与えられた米問屋のまちだった名残。そこで2017年から「穀町ビール」の醸造を始めたのが、このまちに住む今野高広さんだ。「歴史的に穀物を扱ってきた場所で作っているビール、というと、イメージも湧きやすいかなと思って」と、今野さんはその地名を商品名とした理由を語る。
東京のSEから、仙台初のクラフトビール職人に転身
仙台出身で、東京のIT企業でSEとして活躍していた今野さん。イギリスへの語学留学を経て活動拠点を仙台に移した直後、東日本大震災を経験した。「震災を経験してから、やりたいことをやらないと、という風に強く思いました」
そこで思い浮かんだのが「ビールづくり」だった。以前からチョコレートを販売する友人の事業の手伝いで度々ベルギーを訪れており、訪問してベルギービールを飲むたび、その種類の多様さや味の奥深さに感動していたという。今野さんはこれまで仙台にはなかった「地ビール」を自ら作ることで、地元の復興にも貢献できるのでは、と考えた。
「40歳を過ぎたころでしたが、自分の手でやってみようと思って」。今野さんは一からビールづくりを学ぶため、東京で開催されていたビールづくりの講座に通ったのち、穀町から徒歩10分程度の荒町商店街にある「森民酒造」で4年間日本酒づくりを学んだ。そして母親の実家だった穀町の一軒家のガレージ部分をなんと自分の手で工事・改装し、醸造所と併設ブルーパブを作り出してしまったのだ。
「ビールでも、大工仕事でも、何か自分で作るのが好きなんですよね」と、何でもないことかのように笑う今野さん。「SEからビール職人へというと大きな転換のようにも見えるかもしれませんが、ビールも色や味、アルコール度数などを始めに設計してその通りに作るので、やっていることはプログラムを設計していたころと一緒なんですよ」
仙台初の地ビール「穀町ビール」はこうして、何もかもが今野さんによる手作りで2017年秋に誕生。ベルギーで初めてアルコール度数の高いビールを飲んだときの驚きと感動から、国内では珍しい「アルコール度数10%」の、濃厚で個性的なクラフトビールを生み出した。
下町情緒と商店街でのふれ合いがあるまち
穀町は今野さんにとって、3歳まで生まれ育ち、その後も祖父母の家としてよく遊びに来た地元とも言える馴染みの場所だ。「小さいころはまだ、穀町の商店街には活気があって。八百屋、魚屋、床屋、本屋、薬屋……一通り全部揃う商店街だったんですよ。祖父母の家に遊びに行くと、いつも商店街に遊びに連れていってくれて。近所の人も可愛がってくれましたね」
今野さんは「穀町ビール」を用いて、周辺の商店との商品開発も始めている。穀町の菓子店「こくちょう菓詩屋」では、ビールの製造過程で絞った後の麦芽を使ったクッキーの開発に挑戦中。新商品の販売時には荒町商店街の「及川酒店」に相談に行くなど、地元密着の商品販売や開発に取り組んでいる。
醸造所併設のブルーパブ「ビア兄(ビアニーニ)」のプレオープンの際には、近所の人たちがお店に入りきらないくらい集まったという。今では夕飯の前後に訪れる近所の常連さんの姿も。「全部近所の人に消費されたいと思っているくらいです」と、今野さんはこの小さなまちに暮らす人々に愛されるビールづくりを心がける。
歴史ある街並みが残る、散策も楽しい城下町の職人のまち
穀町の周辺は「弓ノ町」や「畳屋丁」、「南鍛冶町」に「南材木町」など、地名を読んだだけで江戸時代からあらゆる職人が集まっていたことが分かる、城下町の職人のまち。穀町から河原町方面へ旧奥州街道をたどって歩くと、周辺には歴史ある建物が残り、仙台の街中とは違った街の成り立ちや雰囲気を感じるのが楽しい。
休日は歩いて広瀬川へ。河原で「穀町ビール」楽しむ日常を
穀町からは仙台市民のオアシス・広瀬川の河原にも10分程度で歩いていくことができる。「夏の暑い日、週末になると河原町駅から宮沢橋まで歩いてけば穀町ビールが飲める、そんなイベントもやってみたいと思っているんです。ボートに乗れても面白いだろうし、そんなまちの楽しいスポットづくりの役にも立ちたいですね」と、今野さんは夢を膨らませる。
このまちの人々の暮らしの中に自然と溶け込み、日常的に愛される。今野さんは、そんな「穀町ビール」が当たり前にある風景を仙台に生み出したいと語る。
「中世ヨーロッパでは流通がまだ発達していなかったからこそ、村ごとに醸造所があって、みんなその醸造所で同じビールを飲んで楽しんでいた。だからこそ今もビールの種類がとても多いんです。ここ仙台でも、地域に住んでいる人がみんなこれを飲んでいる、というようなビールになれば。お土産といえば穀町ビール、という仙台の新名物にしたいと思うし、飲んでいる人たちにこのビールを自慢をしてほしいな、って」
このまちに住む人が誇れる、自分たちのビール。歴史と下町情緒香る穀町の一軒家で作られる新しいビールが、このまちで暮らす誇りと楽しさをいっそう醸し出してくれそうだ。
穀町ビール醸造所・ブルーパブ「ビア兄」
宮城県仙台市若林区石名坂34
tel. 022-223-5860
営業時間:月・木・金 19:00〜22:00(ラストオーダー21:30)
https://graintownbrewery.com/